SIRC 龍谷大学 社会的孤立回復支援研究センター | Social Isolation Recovery Supports Research Center, Ryukoku University

Voices最新の声

システムズアプローチユニットの声〜吉川悟ユニット長〜

「最新の声」では、各ユニットにおけるこれまでの活動状況をお知らせいたします。

 

吉川悟教授
吉川悟教授

1.はじめに

 社会的孤立を生み出す背景には、不登校、ひきこもり、虐待、職場不適応、うつ状態など様々な問題が存在します。臨床の現場でも非常に難しい課題であると指摘されています。これまでの支援方法としては、「問題とされている本人への支援」が想定されていました。しかし、本人が支援窓口に直接訪れるケースは非常に少なく、実際には、「家族や関係者が支援を求めて来談」するケースが基本となります。このように、従来の研究や支援は、社会的孤立状態にある「本人のこと」を問題として取り上げてきましたが、本人への具体的で有効な支援の方策がなく、家族や関係者が疲弊し、無力感に陥っていることや、家族や関係者に対する支援を行わなければ、結局本人への支援に繋がらないということから、関係者への支援が主要な課題であることがわかりました。他方、これまでの対人援助領域においては、家族や関係者への具体的な支援方法がなく、適切な支援が行われないことが多いのも現状です。
 そこで、本ユニットでは、2023年4月に新設された本学心理学部、および文学研究科臨床心理学専攻による、他大学では行われていない「関係者支援」を前提とした研究を行います。学術的には、地域精神保健領域の「精神疾患罹患者の社会復帰戦略」として世界的に着目されているオープン・ダイアローグ[1]に繋がる研究です。なかでも「間接的アセスメント」という要点は、学術的独創性・創造性のある研究であり、「関係者支援」の可能性を広げる研究です。


 

2.研究目的

 本研究では、社会的孤立状態にある人への新たな方策として、①「関係者支援」への具体的な働きかけを通して孤立する本人支援に繋がるシステムズアプローチの基本を習得、②これらの実践に必要な「間接的なアセスメント」のトレーニングの効果検証を行うことを直接的な目的としています。

 

3.方法

 本人の孤立という問題の解消を目指し、支援を求めて来談した家族や関係者に対して、動機付けの維持・向上を視野に入れた来談しないクライエントへの「間接的なアセスメント」のトレーニングの効果検証を行います。対象は、近接領域の臨床現場で働く心理職や心理職を目指す大学院生です。

 初期段階では、専門家の研修にも活用される「ロールプレイ」というトレーニング手法を用います。この手法のメリットは、対人援助職など人を相手とする職業において、サービスを提供する側と、それを受け取る側の両方の役割を演じることで、専門家としての資質や対応の技術の向上が期待できる点にあります。
 この研修デザインのポイントは、「間接的アセスメント」は、前提として、コミュニケーションを語用論的に理解することにあり、①クライエントと関わりのある場面を複数抽出、②クライエントと関係者間のコミュニケーション・パターンを聴取し、③そこからクライエントとのコミュニケーションを広げる切り口を創造することです。実践場面では、家族・関係者からクライエントが他者とのコミュニケーションを拒否している経緯を把握する点にポイントがあります。そのために、①クライエントが家族や関係者に対して行っているコミュニケーションの質的変換を検討し、②クライエントと家族・関係者とのコミュニケーション・パターンの一部を把握し、変化に繋げます。

 

 2022年度に実施した研究会等は下記です。

4月~5月 メンバー編成
5月~12月 臨床トレーニング(実践研究)

6/3、7/1、7/22、10/7、11/18、11/27、12/16

→研究内容の分析、効果考察

11月27日 村上 雅彦先生(広島ファミリールーム)招聘

→講義(問題の経緯の把握)及び臨床トレーニング

12月17日 高林 学先生(徳島県立総合大学校まなび〜あ徳島)招聘

→講義(リフレクション)及び臨床トレーニング

 

 

井上雅彦先生講演会の様子
臨床トレーニング(実践研究)7月1日の様子①
臨床トレーニング(実践研究)7月1日の様子②
臨床トレーニング(実践研究)11月18日の様子

 これまで実施した研修会の参加者からは、「クライエントと関係者の相互作用のどこに焦点を当てるとアセスメントしやすくなるのかがわかってきた」とのコメントがありました。これは、ある程度、家庭内の様子がわかると有効な手続きに入りやすくなることを示しています。また、「相互作用を把握するための質問の仕方や要点となる焦点の当て方がわかってきた気がする」とのコメントも寄せられました。具体的な焦点の当て方そのものがわかっていても、それを反映するために必要な質問、例えば、「その関わった時に、本人はどうしまたしたか」、「本人が反応した時、どのように返しましたか」など、具体的な質問をしなければいけないということがポイントになります。

 

 

 2023年度7月末までに実施した研究会等は下記です。

4月~5月 メンバー編成
5月~7月 臨床トレーニング(実践研究)

 5/26、6/23、7/14、7/28

→研究内容の分析、効果考察

7月28日 金丸 慣美先生(広島ファミリールーム)招聘
7月29日 →講義(間接的なアセスメント)及び臨床トレーニング

 

金丸慣美先生講演会及び臨床トレーニングの様子①
金丸慣美先生講演会及び臨床トレーニングの様子②
臨床トレーニング(実践研究)6月23日の様子
臨床トレーニング(実践研究)7月14日の様子①
臨床トレーニング(実践研究)7月14日の様子②

 2023年度は、昨年度の研修会参加者からのコメントなどをもとに、クライエントとのコミュニケーションを広げる切り口を創造できるようになることを目指して研修会を行っています。参加者からは、「関係者が語る枠組みを用いながら情報収集を行い、話を広げていくことが大切だと感じた」、「現状を肯定しつつ、少しずつの変化を一緒に考える姿勢を学んだ」といったコメントがありました。
 また、7月29日には金丸慣美先生を招聘し、「来談しないクライエントへの間接的なアセスメント」についてご講演いただきました。間接的なアセスメントは支援に訪れた関係者との協働作業であり、関係者との良好な治療システムの形成と維持が基本であることをお話いただき、関係者支援が当事者支援の重要な架け橋であることを丁寧に解説いただきました。参加者からは、「社会的孤立の問題は当時者支援に目が向きがちだが、関係者を含めて支援を行う必要性を学んだ」といったコメントが寄せられました。

 

4.おわりに

 今のところ考えられる結論としては、孤立していると思われている存在の人に対するイメージの中に、「他者とのコミュニケーションを拒否している」という社会的な誤解が前提にあります。実際のクライエントの意図の中には、関わってもらいたいというアテンションであると考えられるケースも多くあります。そのようなアテンションを引き出せれば、対応もしやすくなり、クライエントの反応も生まれやすくなります。アセスメントの仕方として、本人が「何を考えているのか」ということよりも、本人が具体的に「どう反応しているのか」というのが重要になります。
もう一つは、社会的孤立からの回復をクライエントが意識している段階であれば、適切な関係者からの働きかけ以上に、社会的な繋がりを積極的に創造することが効果的です。専門家から「こうした方がよい」と働きかけるよりも、本人がしたいことができるようなサービスに繋げられることが重要で、この最たるものがオープン・ダイアローグだと考えています。
 これらの研究は、若手研究者育成に貢献できるよう、大学院教育プログラムにも取り入られるように計画しています。また、ユニットメンバーがそれぞれ研究成果を積極的に公表していく予定です。

 

 


補注:

1)『Seikula, J., Arnkil, T.E.(2006) Dialogical meetings in social networks. 高木俊介、岡田愛訳(2016)オープンダイアローグ、評論社』参照のこと。その他、最新の関連書籍として、『Seikula, J., Arnkil, T.E.(2014)Open dialogues and anticipations, respecting otherness in the present moment. 斉藤環監訳(2019)開かれた対話と未来、今この瞬間に他者を思いやる、医学書院』がある。