Plan事業計画
1状況認識
四半世紀に及ぶ、犯罪や非行、多様な逸脱行動やアディクション(物質依存・行為依存)の研究の結果、これらの問題行動の背景には「社会的孤立」があるという結論に到達した。そして、その孤立の背景には、児童虐待、ドメスティック・バイオレンス(DV)、性的虐待、いじめなどによる“トラウマ(心の傷)”があった。さらにその向こうには、子ども同士の「いさかい」、大人の無理解、思春期の体調不良など、側(はた)から見れば小さなこととも思える“つまずき”がある。
この間、ウイズ・コロナをめぐる環境の変化の中で「社会的孤立」が問題化し、本学においても本格的な取り組みが求められている。本プロジェクトは、このような“つまずき”が、学校教育、子育ての困難、差別や偏見、干渉と支援――ときには悪意の、ときには善意の――干渉によって社会化され、犯罪や非行として司法化される前の段階、すなわち、個人の「孤独」や社会からの「孤立」の状況に介入し、当事者の主体性を尊重しながら、それぞれの個人の“立ち直り”を総合的・包括的に支援するネットワークを構築し、社会に実装することを目標とする。その結果、社会的孤立の拡散・拡大・深刻化を緩和し、犯罪化プロセスからの早期の「離脱(desistance)」を容易にする社会を共創することを究極的目的とする。
2研究目標
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(1)長期的目標以下の(a)〜(e)を長期の研究目標とする。
- (a)「社会的孤立」からの回復を容易にする社会の実現
- 孤独や孤立からの離脱を可能にする理論を構築し、これを定量的および定性的な実証研究によって検証し、基本構想を具体的コミュニティ(問題別および遅延的な地域社会)において実証実験するとともに、社会実装すること、「社会的孤立」からの回復を容易にする社会を実現する。
- (b)“つまずき”理論の構築とその検証
- 「社会的孤立」のメカニズムに関する理論仮説(以下「“つまずき”理論」という)とその評価の手法と基準(以下「評価指標」という)を設定し、仮説検証のための定性的および定量的な調査研究を実施する。研究体制の編成に際しては、犯罪学研究センターおよびATA-netの研究チームを活用しながら、必要に応じて研究者を補充し、組織を再編・拡充する。
- (c)構想の実証実験と社会実装
- “つまずき”からの“立ち直り”の基本構想を現実社会において実験し、地域社会に実装する。スタート段階では、①“巣ごもり”、②子育て・保育、③差別解消、④アディクションおよび⑤司法救済の5つのユニットで研究を開始する。その他の問題領域については、スモールスタート期間中に研究者を補充し、組織を再編・拡充する。
SNSや携帯電話の普及による「ネット空間」における誹謗中傷や依存の問題、および、トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)については補充・再編する。 - (d)“えんたく”の再編と汎用化
- JST/RISTEXの研究開発事業ATA-net(2016-21年度)において開発したアディクション回復支援のための討議スキームである課題共有型“えんたく”をより汎用性の高い「社会的孤立・孤独を予防する社会的仕組み」に再編する。
- (e)“つまずき”回復支援ネットワークの国際化
- 英国における「孤独省」の設置に見られるように、「社会的孤立」は、すでに地球的規模の課題である。このような現状を踏まえ、日本からの情報発信を意識し、支援事業の国際化を視野に入れたネットワークの構築を目指す。
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(2)短期的目標以下の①〜⑤を2年間の到達目標とする。
①研究計画の確定と実施体制の確立、②調査研究の組織化、③実証実験と社会実装の組織化、④ 新しい教育・研修スキームの開発・普及および⑤国際化の基盤整備の5項目である。
- 研究計画の策定と実施体制の確立
- 統括部門(代表と運営委員会)、研究部門、教育部門、渉外部門を置き、それぞれの部門の運営体制を整備する。
- 調査研究の組織化
- 研究部門は、テーマごとに研究ユニットを組織し、相互協力体制を整備し、有機的連携を保ちながら、研究計画を遂行する。
- 実証実験と社会実装の組織化
- 実証性・実践性を重視し、学内外の人的資源も活用しながら、横断的な調査研究チームを構築する。
- 新しい教育・研修スキームの開発と普及
- ATA-netの開発した課題共有型“えんたく”を活用するとともに、昔話法廷、文学法廷、児童演劇、授業動画などこれまでに試みてきた挑戦的・萌芽的取り組みを継承発展させ、人間の関係性を基盤としながらも、時代の流れであるICT化を利用した教育・研修システムを開発・普及させる。
これまでに構築した国の内外の研究・教育機関および自治体などとの連携・協力関係を基盤としつつ、「社会的孤立」という新しいテーマに対応するための学術交流関係を構築する。
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(3)外部資金導入
JST/RISTEXが2021年度から新たに募集を開始した提案事業である「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)の新規枠組「社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築」への応募と採択を目標とする。なお、2021年度においては、CrimRCとLORCを母体とする2件の研究チームが上記提案に応募した。本センターでは、両チームが一体となって、新たな組織を立ち上げて挑戦し、採択を目指す。
3実施体制
研究代表・黒川雅代子(短期大学部)、副センター長・深尾昌峰(政策学部)とし、これに、石塚伸一(法学部・研究部門)、赤津玲子(文学部・教育部門)、津島昌弘(社会学部・国際部門)、吉川悟(文学部)、中根真(短期大学部)、金尚均(法学部)の兼任研究員を加えた運営委員会を最高決定機関とする(8名)。
学外からは、中村正(立命館大学・人間科学研究所)、指宿信(成城大学・治療的司法研究センター)、後藤弘子(千葉大学・法務研究科教授)、土山希美枝(法政大学・法学部教授)、丸山泰弘(立正大学・法学部教授)、森久智江(立命館大学・法学部教授)、加藤武士(一般社団法人回復支援の会・代表)、西村直之(一般社団法人SGR協議会・代表)、山口裕貴(一般社団法人刑事司法未来)、市川岳仁(NPO法人三重ダルク・代表)を発足時の嘱託研究員とする(10名)。
専任の博士研究員(PD)2名、リサーチアシスタント(RA)2名を雇用する。(うち各1名は外部資金獲得後に雇用予定)
4スケジュール
2022年度(体制整備期)
「社会的孤立」からの回復を容易にする社会を実現するため、早期に研究計画を確定し、実施体制を確立し、「社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築」プロジェクトに応募する。なお、科学研究費助成の申請など外部資金の導入については、本センターがワン・チームとなって獲得に努める。
(研究部門)理論研究と実証研究のチームは、研究会を発足・開催し、研究計画を確定する。ATA-net等においてすでに実績のあるチームは、その成果を継承し、新たな展開に着手する。
(教育部門)社会的孤立からの回復のための相談活動や研修会を実施する。教材の開発・授業の実施に際しては、人間関係的コミュニケーションを重視するとともに、ICTの活用に努める。なお、一般社団法人OSDよりそいネットワークの「ひきこもりとその家族の支援」事業を受託し、実績のある一般社団法人回復支援の会の協力を得て、回復支援のための相談・研修・研究を行う。
(渉外部門)文部科学省二国間学術交流助成を得て実施しているタイ国マヒドン大学との薬物政策に関する学術交流事業や、京都府との協定事業である再犯防止事業について、その運営を支援するとともに、「社会的孤立」に関する新たな学術交流・回復支援事業の開拓に努める。
2023年度(研究総括期)
2年間の事業を総括し、本事業の将来の発展のための見取り図を描き、その展開の端緒を構築する。
(研究部門)研究計画を確定し、計画の実施準備およびステップ・アップの調査研究に着手する。その際、各研究チームは相互に有機的に連携し、社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークを構築するための調査研究を実施し、その中間報告の取りまとめに協力する。
(教育部門)カウンセリング、教育・学習、回復などの成果を検証する指標を明確化し、その効果測定の基盤を確立し、エビデンスを収集するシステムを構築する。
(渉外部門)学術交流・提携事業の成果を協定の締結などによって、制度化や可視化するように努める。ATA-netが開発した課題共有型“えんたく”を継承発展させるとともに、新型コロナ流行によって進行、あるいは拡散した、子育てや保育、教育や学習、就労や生活の中で潜在化あるいは顕在化しつつある“巣ごもり”現象を掘り起こし、多様なステークホルダーと共に当事者中心の総合的・包括的支援スキームとネットワークを構築することを究極的な目標とする。