SIRC 龍谷大学 社会的孤立回復支援研究センター | Social Isolation Recovery Supports Research Center, Ryukoku University

Voices最新の声

ヘイトクライムユニットの声〜金尚均ユニット長〜

「最新の声」では、各ユニットにおけるこれまでの活動状況をお知らせいたします。

金尚均教授(法学部)

1.はじめに

ヘイトクライムは、個人の法益を侵害・危険にさらすだけではなく、日本で生活するマイノリティの生存権の否定、つまり対等な人間として生きる権利を否定します。ヘイトクライムは、単に一個人に向けられるものではなく、被害者が属するコミュニティや集団を狙って行われるものです。そのため、そのコミュニティに属する人たちは、誰もが被害者になり得ます。つまり、ヘイトクライムは、例えば、朝鮮の人々に対して、この社会では排除されるべき対象であるというメッセージを送るものです。したがって、ヘイトクライムは、マイノリティの人々とそのコミュニティにとっては、直接の攻撃を受けずとも、それ自体が脅迫的行為となります。
 ヘイトクライムを許容する社会では、特定の属性を持つ人びとが、人格権・生存権を否定されながら生き続けざるを得ない状況に置かれることになります。加えて、ヘイトクライムは、特定の属性をもつ人々を集団的に排除することを求めることから、私たちの社会の民主主義を切り崩すことにもなります。ヘイトクライムは、民主主義社会における根本基盤である対等で平等に生きることを否定するのです。それゆえ、ヘイトクライムは、個人にとってだけでなく、社会にとって危険な犯罪でもあります。

 

2.研究方法

 日本におけるヘイトクライムがどういった経緯で、何を目的に行われているのか、社会に対してどういったメッセージを送っているのかということを主な研究対象としています。法律の解釈や判例研究だけでなく、こういったことが起こらないようにするにはどうしていくべきなのかという刑事政策的な観点からも研究を進めています。
 他方、当事者はこのような犯罪に対して、常に「いつ自分が被害に遭うのか」という恐怖に怯えています。当事者は社会的に弱い立場でもあり、関心が向けられないまま孤立していくという現状があります。こうした加害者の動機や被害者の孤立が社会を壊しているのではないかという点に着目しながら、検討を進めていきたいと考えています。
 さらに、インターネット上の差別的な書き込みの対策をどうしていくのかということも検討しています。これに関しては、日本はまったくの手付かずの状態です。例えばEUでは、強力な法的規制を行っています。日本では、ヘイトクライムや被差別部落の情報等については、総務省がSNS事業者に情報提供を呼びかけているだけです。2022年総務省による研究会で、あるインターネット回線事業者に情報提供を求めたところ、拒否されたというケースがありました。これを契機に、法的規制のない日本では情報を集めることも難しいという実態が明らかになるとともに、研究者等も日本の現状に気づいていなかった、ことがわかりました。
 こういったインターネット上の問題についても検証していく必要があるだろうと考え、差別防止法のためのネットーワーク形成をしていきたいと思います。日本では、法律レベルでいうと、外国人差別、障がい者差別、部落差別など、個別の問題ごとに法律ができていて、包括的な差別禁止法がありません。そのため、日本の特徴として、外国人差別問題には関心があるが、障がい者差別には関心がない、というような相互の無関心があります。個別の問題解決ができたとしても、社会的な差別問題としては解決が非常に難しい社会構造になっています。最終的には、そこを切り拓くことができればと考えています。

 

3.研究発表

 これまでに公表した成果物は以下の通りです。
・「差別的動機をもって行われた一連の犯罪について有罪となった事例」新・判例解説Watch(文献番号z18817009-00-0718722)
・「日本におけるヘイトクライム」立命館法学2022年第5・6号(2023年)2605〜2623頁
「フェイクニュースに対する法的規制の可能性」龍谷大学法学55巻4号(2023年)1301〜1341頁
・『サイバー空間における違法又は有害な情報による被害の阻止と表現の自由の接続的発展可能性』(2023年出版予定)
(2)シンポジウム等
①ウトロ放火事件に関する裁判傍聴並び、関係者聞き取り(2022年8月30日判決)
②ウトロ放火事件ハイブリッド研究会(ウトロ平和祈念館、2022年9月4日)
③「オールド ロング ステイ/OLD LONG STAY」上映会(2022年10月15日・響都ホール)
④ドキュメンタリー映画『アリラン ラプソディ~海を越えたハルモニたち~』関西特別上映会(2023年6月25日・響都ホール)開催予定

 

2.おわりに

 今後の見通しとして、以下の4点を中心に活動していく予定です。
 1 人種差別撤廃条約等、日本国が加入している人種差別撤廃のための国際諸条約について、国内法上の実効化を求めます。
 2 差別的動機が疑われる事件に際して、差別的動機を周到に解明するとともに、ヘイトクライムの危険性に即した起訴並び求刑をおこなうことを求めます。これには、警察ならび検察が差別的動機を適切に解明すること、これを刑事裁判の場で明らかにすること、差別的動機を違法性及び責任判断(量刑判断)において考慮すること、刑事司法が差別解消に積極的に協力することを含みます。
 3 インターネット上の差別扇動などの違法情報に対し、積極的に対応することを求めます。これには、差別扇動を直接おこなっているサイトへの対応だけでなく、差別扇動サイトを支える広告企業などへの対応、さらには個別のSNSへの対応を含みます。
 4 差別の防止・予防のために、行政諸機関間におけるネットワーク形成を求めます。