「2022年度社会的孤立回復支援研究センター(SIRC)研究会」2日目開催レポート
キーワード:孤立と分断
社会的孤立回復支援研究センター(SIRC)は、2022年12月20日、21日の2日間にわたり、至心館1階フリースペースにて「2022年度SIRC研究会」を実施しました。本研究会では、SIRC各ユニットにおける研究進捗状況や今後の課題を中心に報告したのち、議論を行いました。
2日目は、「“つまずき”回復エコシステム開発ユニット」の深尾昌峰教授(政策学部教授)、「グリーフサポートユニット」の黒川雅代子教授(短期大学部/センター長)、「ヘイトクライムユニット」の金均尚教授(法学部)、「子育て家庭ユニット」の中根真教授(短期大学部)が報告しました。
1.「“つまずき”回復エコシステム開発ユニット」(ユニット長:深尾昌峰教授)
深尾教授は、盲ろう者支援者への支援プログラムの確立に向けて、地域団体の協力のもと、現在取り組んでいる活動を中心に報告を行いました。同ユニットでは、全国盲ろう者協会と各地域の当事者団体を研究・調査対象とするエコシステム形成を主体としているが、社会的孤立状態にある人へうまくリーチできていないことなど、現在抱えている課題を挙げました。2022年度の活動としては、地域内で把握できていない盲ろう者に向けた広報活動、盲ろう者同行援護事業所の開設、盲ろう者間交流会の実施などを挙げました。これらの活動に加え、2023年度は、地域盲ろう者団体による同行援護事業において盲ろう者の移動とコミュニケーション支援の提供など、新たな展開を予定しており、参与観察・伴走支援・事業開発を通じて、支援者ニーズや課題把握を行い、プログラム設計を進めたいと述べました。
2.「グリーフサポートユニット」(ユニット長:黒川雅代子教授)
黒川教授(センター長)は、現在取り組んでいる若者の自死自殺対策において、「京都府自死自殺対策カレッジ会議(主催:京都府)」に参加学生を募り、学内でも活動する団体として「京都府自死対策カレッジ会議龍谷大学版(現・龍谷オープンコミュニティ)」を設立し、活動サポートを行っていること、学生の孤立に関するアンケートを2023年3月に実施予定であり、入学した時期がコロナ禍前と後で孤立状況がどう変わるのか調査する予定であると述べました。加えて、新型コロナウイルス感染症で亡くなった人の遺族への支援活動を重点に実施していることを報告しました。新型コロナウイルス感染症による死は、遺族から看取りや葬儀、その後のインフォーマルなサポートも奪ったこと、感染拡大当初は、特に未知のウイルスという恐怖へ過剰反応し、感染者に対する偏見・差別が強く、尊厳ある死や死別が保障されていなかったことなどから、遺族が社会的に孤立状態に陥ったことに着目していること、今後の活動としては、遺族支援ネットワーク構築を目指すと述べました。
3.「ヘイトクライムユニット」(ユニット長:金尚均教授)
金教授は、ヘイトクライムは民主主義社会において対等で平等に生きることを否定するもので、個人だけでなく、社会にとって危険な犯罪でもあると指摘しました。2022年度は、ウトロ放火事件裁判の傍聴や関係者への聞き取り、研究会を実施、映画「オールドロングステイ」上映会を行ったことなどを報告、今後の活動として、日本が加盟している「人種差別撤廃のための国際諸条約」に関する国内法上の実効化を求めること、差別的動機が疑われる事件に際して、差別的動機を周到に解明するとともに、ヘイトクライムの危険性に即した起訴並び求刑を求めること、インターネット上の差別扇動などの違法情報に対し積極的な対応を求めること、差別の防止・予防のための行政諸機関間ネットワーク形成を求めていくと述べました。
4.「子育て家庭ユニット」(ユニット長:中根真教授)
最後に、「子育て家庭ユニット」ユニット長の中根教授が報告をしました。
児童虐待の末、子どもの死亡に至った一群の最悪事例の詳細な検討が、子育て家庭の社会的孤立を生み出す背景やメカニズム、子どもや保護者が追い詰められた社会的状況を本質的に理解する近道になるとの仮説のもと、子育て家庭の社会的孤立に焦点化し、その実態把握ならびに緩和・解消の具体的な可能性を探索していることを報告しました。2022年度は、本研究会までの間、計11回のオンライン研究会を実施、様々な分野の研究者による学際的議論を行っており、子育て家庭の多面的・多角的な理解が期待されること、今後は、適宜、ゲスト研究者・実務家招聘によるコンサルテーション、シンポジウムなどを通して、保育者・教職者向けの啓発パンフレット作成に向け、盛り込む内容を精選・集約していきたいと述べました。そして、研究成果は、直接的には保育を学ぶ学生や卒業生、保育実習園・施設、教育実習園に対して、さらに間接的には、四年制学部の教職志望学生に対し、それぞれ還元していきたいと述べました。
5.質疑応答
各ユニットによる報告のあと、質疑応答では、まず「“つまずき”回復エコシステム開発ユニット」報告に対し、盲ろう者でサポートを受けている人がそもそも少ない理由について質問がありました。これについて、深尾ユニット長は、存在自体が認知されていないことや当事者団体間の繋がりがないことなどを理由として挙げました。さらに、重複障がい特有の支援の難しさがあり、どこに繋いだら良いかわからないようなケースが多く存在すること、重複障がいを有する人と福祉的援助を繋ぐ方法を「エコシステム」と呼んでおり、このシステムが確立できれば、多様な当事者団体にも援用できる可能性があり、研究を進めていると回答しました。
次に、「ヘイトクライムユニット」の報告に関し、総合的な差別対策について質問がありました。これについて、金ユニット長は、包括的な差別禁止法に関する議論は、世界的にメインストリームになっていること、まず包括的かつ総論的に法律を作り、その後各論的な法律を個別の問題に対応する形で作っていくというのが、現在メジャーな方法である。」と回答しました。
最後に、「孤立」の概念についても議論が及びました。そのなかで、「伝統的な孤立」は、一人で引きこもらざるを得ないようなイメージであるが、それに対して「現代の孤立」では、あえて孤独を選んでいる人もいること、また、部落差別問題や障がい者などの問題によって、人と人との分断、集団と集団との分断が行われること、「孤立と分断」というレンズを通すことにより問題や対策が見えてくる可能性があるなど、様々な意見が飛び交いました。
黒川センター長は、「各ユニットの研究進捗状況が明確となり、非常に有意義な研究会であった。現在はユニット毎の活動が中心となっているが、来年度は異なるユニットの領域間で議論することができれば、各ユニットの研究がより深まることが期待できる。」と述べ、2日間の研究会を締めくくりました。
補注:
注1)コミュニケーションを語用論的に理解し、家族・関係者が他者とかかわりをどのよう行動や反応によって意思表示しているかを把握するための評価手法を指す。
注2) 龍谷大学ATA-net研究センターが支援してきたATA-net による事業は2022年3月を以て終了。