SIRC 龍谷大学 社会的孤立回復支援研究センター | Social Isolation Recovery Supports Research Center, Ryukoku University

Voices最新の声

社会的孤立理論研究ユニットの声〜石塚伸一ユニット長〜

「最新の声」では、各ユニットにおけるこれまでの活動状況をお知らせいたします。

石塚伸一名誉教授

1.はじめに

 当ユニットは、新型コロナウイルス流行によって新たに出現し、あるいは回復が阻まれ、あるいは深刻化した社会的孤立の一般理論を構築し、ウィズ・コロナ時代の新たな“立ち直り”を支援する回復支援システムの開発と定着を目指します。具体的には、龍谷大学独自の研究・教育・社会貢献の伝統を活かし、グローバルワイドの課題である「社会的孤立」と「ポスト&ウイズ コロナ時代」での“つまずき”からの“立ち直り”支援を研究し、社会実装することを目指しています。
 また、JSPS科学研究補助金・基盤研究(B)「危険社会における終身拘禁者の社会復帰についての綜合的研究:無期受刑者処遇の社会化」(研究代表・石塚伸一)の研究期間2017年4月~2020年3月から、2023年度末まで延長されたことを受け、法務省矯正局の協力を得て、2022年度は当ユニットと連携し、受刑者約3000人を対象にアンケートを実施しました。

 

2.基本コンセプト—“つまずき”理論と“立ち直り”回復支援—

 龍谷大学は、犯罪や非行、多様な逸脱行動やアディクション(物質依存・行為依存)の原因と回復支援に関する調査研究から出発し、多様な問題行動の背景には「社会的孤立」があるという結論に到達しました。すなわち、個人の孤立の背景には、児童虐待、ドメスティック・バイオレンス(DV)などの家庭の機能障害、性的虐待、いじめ、犯罪被害などの被害体験が契機となった“トラウマ(心の傷)”、友だちとの些細な「いさかい」、大人の無理解、思春期の体調不良など、側(はた)から見れば小さなことと思えるような“つまずき”があります。そして、この小さな“つまずき”を拡大・増幅・深刻化し、逸脱やアディクション、犯罪や非行の原因にしてしまう、社会の偏見や差別が存在します。

 そこで、“つまずき”が深刻化して臨界点を超えて、犯罪や非行、嗜癖・嗜虐行動、自傷・自死のようなかたちで現実化する前の早期の段階で、個人的「孤独」や社会的「孤立」に介入することが求められます。しかしながら、ここでの「介入」が、強制や義務の契機を含むものであれば、当事者が、介入を拒み、接近する者から逃避することは、容易に予想されることです。公的支援制度の機能不全への体験から、民間の支援団体や自助グループの役割への期待が高まっています。その際のアプローチの哲学としては、当事者の主体性を尊重し、“立ち直り”を妨げている諸要因を排除し、生活世界の総合的・包括的支援のネットワークが要諦となります。したがって、社会的孤立の拡散、増幅や深刻化を緩和するためのスキームを開発し、普及・定着することがわたしたちユニットの中心的関心事となります。

 

 人は、人生のなかで小さな“つまずき”を経験します。疎外感を味わい、孤独を味わいます。例えば、ある日学校を欠席して、それから2日、3日と続けて欠席したとします。それが1カ月間続くと、“不登校”という扱いになります。不登校の子どもに対しては、既存の解決プログラムで対処することになります。そうすると、不登校の子どもの一覧に掲載され、本人も“不登校の子”を演じることになります。これは相互作用理論のラベリングアプローチ1から出発しています。このように差別と偏見の問題が“不登校”にも存在し、ますます学校に行きにくくし、進学もしにくい状況になり、20歳になれば社会的にも孤立します。これがアディクションに繋がります。

 ここでのアディクションとは、嗜癖・嗜虐行動を差します。暴力、性暴力、ギャンブル、ネット、摂食障害などを広く捉えます。そこでシステムズアプローチが必要になってきます。これらの右への流れに行かないようにするために、デジスタンスが必要で、本人の立ちなおりを意味するレジリエンスも必要です。ウィズ・コロナとの関係では、2022年に発生した保育園での保育士による園児への暴行事件や刑務所での受刑者の暴行事件です。コロナ禍で園児や受刑者に対する感染対策へのプレッシャー等が要因になっているようにみえます。そこにいま対応するスキームが必要なのではないでしょうか。

 

 再犯防止は国の役割であるはずのところ、実際には地方自治体が担っていて、条例や行動計画を作成しています。再犯を行わないようにデジスタンスさせる、それを国が助成する。それが、関係者支援であったり、少しお節介なケアだったりもします。犯罪を行わないプロセスと再犯を行わないプロセスは同じです。

 
3. 研究成果(国際ジャーナル論文・講演・発表等実績)

(1)国際ジャーナル論文等
①Akiko Kogawara= Natsuki Morimoto= Akiko Misu= Shin-ichi Ishizuka, “[Special Issue] Ryukoku Criminology Achievements of Students and Teachers at the Kyoto Congress 2020”, Ryukoku Journal of Peace and Sustainability 2021, pp.95-122. (2022年3月)
②Shinichi Ishizuka, “Whither Criminology? : Crime, Justice, and Social Order during a Time of Pandemic in Japan” Ryukoku Journal of Peace and Sustainability, 2020, pp.145-153.(2021年3月)
(2)シンポジウム・研究会等
①ISHIZUKA, S., “Penal Reforms in Japan: Prison Sentences with Forced Labor and Rehabilitative treatment as Punishment”(European Society of Criminology, 22.09.2022〜24日,Malaga in Spain)

②石塚伸一:ヨーロッパ犯罪学会(於:スぺイン・マラガ)にて「Penal Reforms in Japan: Prison Sentences with Forced Labor and Rehabilitative treatment as Punishment.(日本における刑罰改革:懲役刑と刑罰としての改善更生)」について報告。
③石塚伸一:英国ノッティンガム大学D・ファン・シミト(van Zyl Smit,Dirk )教授「世界の終身刑研究」への協力(日本担当)(van Zyl Smit,Dirk & Catherine Appleton, “Life Imprisonment: A Global Human Rights Analysis”, Harvard University Press: 2019, Life Imprisonment Worldwide Revisited by Nottingham University Human Rights Law Centre.
④石塚伸一:‘Life Imprisonment in Asia; Law and Practice’Onleine Conference, 5-6. Octover 2021にてオンラインによる報告。
⑤Ishizuka,,S.,”Lebenslängliche Freiheitsstrafe in Japan: Ist die lebenslange Freiheitsstrafe ohne Bewährung eine grausame, aber übliche Bestrafung? “ in: Festschrift fuer Emile Plywacevsky in Poland (2023).

 

4.おわりに

 今後の活動として、2023年度は、受刑者対象に実施したアンケート調査結果の第一次分析の成果発表を予定しています。引き続き、社会的孤立の基礎理論研究を行い、終身刑・無期刑等の長期拘禁と出所後の社会的孤立についての調査研究についての研究の成果を内外の学会等で発表するとともに、論文等での公表に努めます。
 なお、2022年度を以てATA-net研究センターが終了したため、私がユニット長をつとめるATA-netユニットはアディクション研究を、社会的孤理論立ユニットは受刑者・出所者研究を中心に進めていきます。

 


補注:

1 詳細は、ハワード・S・ベッカー著、村上直之訳『完訳アウトサイダーズ—ラベリング理論再考—』(現代人文社、2019年)等を参照。